2023年2月にオンラインのFREQマガジンに掲載されたモジュラーシンセにまつわるインタビューの日本語訳は以下になります。
尚、このインタビューは2022年にフランス人のアーティスト及びBiP_HOpの元レーベルオーナーだったフィリップ・プティが運営するサイトModulismeでリリースされた、モジュラーシンセを使用した私のセッションレコーディングから派生したものです。このModulismeにもインタビューが載っていますが、以下のFREQマガジンのインタビューとほぼ同じ内容です。(FREQマガジンの方が新しい為、少し内容がアップデートされています)
私のセッションレコーディングについてはこちらのBandcampで視聴・購入頂けます。
モジュラーシンセシスに特化して音楽を作る手法(エレクトロニックミュージック全般、あるいはもっと特殊なフォーマットとして)を最初に意識したのはいつ頃ですか、またその時どう思いましたか?
2015年にストックホルムのEMSスタジオでのレジデンス滞在中にそこでBuchla 200を使わせてもらえた事が、私が最初にモジュラーシンセと出会った最初のきっかけとなりました。そこでの経験から自分でもモジュラーシンセを積極的に使ってみたいと思うようになり、2020年あたりから自分のツールとしてモジュラーを少しづつ買い集めるようになりました。
クラシックを学んだ事が自分の音楽の基礎になっている私にとっては、ピアノのようにキーを叩く時に最初からどの音が出るか分かる楽器とは違い、偶発的な音の発生を楽しめるモジュラーシンセを使うことはなかなか一筋縄ではいきません。勿論長く使えば使うほどそれぞれの機能が理解できて来るので、それに伴ってある程度までは自分でコントロールもできるようになるし、期待しているようなサウンドを得られるようにもなってはきます。
とはいえ、自分の思い描く音と、そこから外れた音の間を探る事ができるのが、モジュラーシンセを使うことの一つの魅力だと思いますし、タイムラインから自由になれるのも一つの楽しさだと思います。今のところ使い始めてから2年以上が過ぎましたが、今でもモジュラーシンセの可能性に惹かれています。
あなたが最初に導入したモジュール、あるいはシステムは何でしたか?
最初のモジュールはRolandのディレイモジュールのDemoraでした。これはしばらくiPadアプリのAIRAと連動させる形でスタンドアローンのモジュールとして使っていました。AIRAアプリを使うとDemoraに内部搭載されているバーチャルモジュールをカスタマイズする事ができて便利だったのですが、iPadをアップデートさせていく段階で使えなくなり、メーカーもこのアプリのサポートをしなくなったようなので今はもう使っていません。
その後Mutable InstrumentsのPlaitsを導入したのですが、これは今もサウンドソースとして頻繁に使っています。残念ながらMutable Instrumentsは最近会社を閉じてしまいましたが、その前にファームウェアアップデートをしてくれて良かったです。
シンセサイザー単品から自力でパッチングすることに慣れるまでに、どれくらいの時間がかかりましたか?
少なくとも2年はかかったと思います。モジュラーのセットをライブで使うようになったのはほんの去年からのことなので、覚えないといけない事はまだたくさんありますし、自分のモジュラーシステムもまだ完成していません。ただ他のモジュラーユーザーと同じく、自分のモジュールもそれぞれ少しづつ入れ替えていく事になると思うので、それに伴って新しく覚えることは常に出てくると思います。
それから、次にどのモジュールを手に入れるかを考え、リサーチをし、脳内パッチングをしてみることも、モジュラーシンセを使っていく上での大事なプロセスでもあると思います。
特定のメーカーのシステム(例えばBuchla、Make Noise、Erica Synths、Rolandなど)だけで使うのが好きなのか、それとも自分のニーズに合った色々なメーカーのものを組み合わせて、自分のモジュラーシンセサイザーを作るのか、どちらでしょうか?
今までのところは自分でモジュラーシンセのセットアップを作ってきていますが、その方が自分の求めている音を得られるような気がします。それに、モジュールを一つずつ買い足しながらの方が金銭的にも負担が少なく、それぞれのモジュールの機能を学びやすいし、次に何が欲しいかを決めやすいように思います。
ただ正直言うと、私が今のところ持っているモジュール類はかなり定番のものばかりです。例えばMake NoiseのMaths,、Morphagene、WogglebugやMutable InstrumentsのPlaits、Marbles、それからDoepferのLFOやVC Mixer、Clock Dividerなどもそうです。なので私の今のシステムがオリジナルだとはとても言えませんが、自分にとっては、特に外付けの機材と一緒に使う時に十分機能的だと思っています。
でも基本的には、流行を追い過ぎない程度に色々なモジュールを使ってみたいと思っています。
Make Noiseが定義しているようなEast Coast, West Coast, No-Coastについてはどうですか?それともこういう事はあなたのシンセシスに対するアプローチと相反するものですか?
シンセシスの種類同士の関係に対して特にどうというイメージなどは持っていないですし、まして地球上の特定の地域と結びつけて考えることもしないので、自分の考え方には合いません。
普段演奏やレコーディングを行う時に、モジュラーシンセだけを使ってする方が多いですか、それとも外部エフェクターやその他のデバイスも使いますか?
スタジオで作業する時は時々モジュラーだけを使って作業する時もありますが、それはただ自分が試してみたい事を実験する為にやっているという感じです。でもライブをしたりレコーディングをする時は、サンプラーやキーボードシンセなど他の機材と一緒に使う方が好きです。Octatrackをサンプラー兼シーケンサーとしてもよく使っています。
私は未だにクラシック的な「演奏者」としての性格が強いのですが、これは今後も変わることはないと思うので、キーボードやピアノのように身体的に素早く音のピッチやコード進行をコントールできる楽器は今後も自分のセットアップで使っていきたいと思っています。
レコーディングする時はオーバーダビングなどはせずに直接そのまま演奏を録音しますか、それともマルチトラックで録音して後からトラックの編集をしますか?
それは自分がどのようなものを録音したいかによりけりです。でも録音したものを最終的に楽曲としてリリースする場合は、大抵ポストプロダクションで録音した音源の編集をする事が多いです。
ライブをする時はモジュラーシンセをあらかじめパッチングしておく派ですか、それともその場で即興的にパッチングする方ですか?
両方です。半分ぐらいはあらかじめパッチングしておいて、後はその場で変えていく事が多いです。でも私のモジュラーシステムは104HP二段で収まる程度の小さいものです。これぐらいが移動の為だけでなくて、自分が出したいと思う音をコントロールしたり即興的に演奏をしていく上で丁度良いサイズだと思っています。
このモジュールがなければ何も出来ないとか、またはどのパッチでも必ず使うというモジュールはありますか?
Mutable InstrumentsのPlaitsとMarblesは今のところ一番良く使っていますが、波形のタイプや周波数を変調させるモジュール類もよく使います。
モジュラーシンセだからこそ出来る事で、他のエレクトロニックミュージックの機材では出来ない、あるいは達成するのが難しい事は何だと思いますか?
あくまでも個人的な意見ですが、モジュラーシンセの魅力の一つは自分の好きなモジュールを組み合わせることで自分でセットアップをカスタマイズできるという事と、無限にある生成される自分なりの音の可能性を楽しめるという事だと思います。言い換えると、偶然思ってもみなかった音が出た時に、それがヒントになって次に出したい音に導かれるという事です。こういった相互作用的な体験が、他の種類の楽器と比べるとモジュラーシンセシスを扱う上での一番大きな楽しさだと思います。
ソフトウェアとしてのモジュラーシンセ(Reaktor Blocks, Softtube Modular, VCVRackなど)や、モジュラーのソフトウェアエディター付きのデジタル機材(Nord Modular, Axoloti, Organellenなど)は使った事がありますか?もしあるなら、それらをどう思いますか?
AIRAモジュールに付随していたiPadアプリのソフトウェアモジュラーをAIRAモジュールと一緒に使っていた事はあります。それが最初に自分が所有したモジュラーだったという事もあり、最初は面白いと思って使っていました。それぞれのモジュールの機能を覚えるにも丁度良かったです。ただ使っていく内に、ソフト上でパッチングする行為はDAWで作業するのと同じぐらい味気ないような気になってしまい、結局ハードウェアのモジュラーに移行するようになりました。
でも勿論ソフトシェアのモジュラーシステムでもとことん使い込めば作業的にも音楽的にも十分役に立つと思います。ただ私には向いていなかっただけです。
もし持てるとしたらそのモジュール、あるいはシステムが欲しいですか?
Synthi AKSなら、コンパクトなサイズなのにも関わらず幅広い音のスペクトラムを持っているように思うので、欲しいかなとは思います。Buchlaもあったら良いなとは思いますが、どのみち私には大きすぎるし高すぎると思います。
モジュールを自作した事はありますか、もしくはしてみたいと思った事はありますか?
ないです。今世界中に存在している数多くのモジュールを探索するだけで自分は十分かなと思っています。モジュールを自作する事に興味がないと言う訳ではないですが、基盤と睨めっこしている時間があるならその時間を出来るだけ音楽作りに使いたいです。
モジュラーを使うアーティストであなたに影響を与えた人は誰ですか?
Paul PignonとPeter Zinovieffは、彼らがSynthi100の開発に貢献した事を考えると、Synthi100を使用した経験がある者としてはやはりこの2人を挙げない訳にはいかないでしょう。Paul PignonのセッションをModulismeで聴けたのは収穫でした。それからSuzanne Cianiも彼女の功績も含めて大好きです。彼女のアルバムBuchla Concerts 1975は、彼女のBuchla演奏スキルの高さだけでなくて純粋にその音楽が綺麗なので、私が気に入っているアルバムの一つです。
もっと最近のアーティストを挙げるなら、Frank BretschneiderとJan Jelinekがモジュラーシンセを使ってやっている事や、普段の彼らの音楽からもよくインスピレーションを受けています。それから私は昔からRichard Devineの音楽が好きなんですが、モジュラーを使うようになった今となっては、彼が自分の巨大なモジュラーシステムを使っている様子を見るのも含めて本人の音楽をさらに楽しめるようになりました。
モジュラーの世界と関わるようになってから、音楽を聴いた時に「これはこのモジュールの音だ」とか気付くような事はありますか?普段の音楽の聴き方が変わったりしましたか(もしくはそんな事はないか)?
この音はモジュラーで出してるのかなと思うような特定のサウンドに気付く事は確かにありますが、そういう傾向が特別自分の音楽の聴き方を変えたとは思いません。勿論、何らかの音楽を聴いている時にこの音はどうやって出してるのかなとかどの機材を使っているのかなとか興味を持つ事はありますが、音楽を聴く時にあまりそう言う事に執着するよりは、出来るだけもっと自由に、純粋に今聴いている音楽を楽しみたいと思っています。
今どんな事に取り組んでいるのか、そして今後のリリースやライブの予定があれば教えて下さい。
今はドキュメンタリーTVシリーズのサウンドトラックを作る仕事をしていて、向こう数ヶ月はまだこれに係りっきりになると思います。それと並行して他のアーティストとのコラボレーションでの曲作りも進めています。それが全部終わってから、出来れば今年中にまだ自分のソロのアルバムも完成できれば良いなと思っています。
Modulismeセッションを録音した時のパッチングやどのように演奏をしたか教えてもらえますか?
7曲全曲を通じて、Mutable InstrumentsのPlaits、Make NoiseのMorphagene、それからmicroKORG XLを主なサウンドソースとして使いました。Octatrackをドラムサンプラーとして、それからMIDI Clockを設定してそこからモジュールをトリガーするのに使いました。Clock Dividerを2つ使って、それぞれをCV Mixerを通してPlaitsとMorphageneをトリガーして同期させることでパーカッション的なフレーズを演奏したりしました。それと同時にLFOやMathsやWobblebugも使って音を少しづつ変調させています。
Plaitsからの出音はSOMAのLyra8 FXに通して少しディレイエフェクトを加えたりしています。KOMA ElektronikのField Kitは今回はLFO機能以外はあまり使っていません。モジュラーを走らせている間、同時にBigSky, Microcosm, Particleなどのエフェクトペダルを通しながらmicroKORG XLで演奏した箇所はたくさんあります。モジュラーシンセで楽しめる実験的な音は勿論好きですが、自分の音楽スタイルの主軸でもある古典的な意味での「音楽的」な構成を加えずにはいられなかったりします。
Modulismeセッションあるいは他の曲作りなどでコラボレーションしてみたい人はいますか?
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